INTERVIEW

創業370余年の原点回帰
「いいお酢って、なんだろう?」

創業370余年の原点回帰いいお酢って、なんだろう?」

いいお酢って、なんだろう?――「丹波篠山純米酢」の開発に携わった髙岡靖さんは、自らにそう問い続ける日々だったと振り返ります。 おいしさを追求する中で転機となったのは、お酢が「料理に使った瞬間に、格段に輝きを増す」と気づいた瞬間でした。 単なる調味料を超え、食卓の風景を変える一滴へ。 試行錯誤から生まれた新商品の誕生秘話を伺いました。

編集・文: 山村奈央子 / 写真: 岩月ゆり

Interview
  • 01

    丹波篠山の

    豊かな風土を、

    瓶に詰める

  • 02

    削らず、混ぜず、

    ゆっくりと

    静置発酵の恩恵を、

    料理を輝かせる力に

  • 03

    「高級ではないけれど、

    こだわったものを

    求める層」に届けたい

  • 04

    お酢屋ひとすじ、

    ノートに刻まれた情熱

    この先も

    「育っていくお酢」を

丹波篠山の豊かな風土を、瓶に詰める

マルカン酢の新たなフラッグシップとなる純米酢をつくるにあたり、まずは原料にこだわりたいと考えた髙岡さん。 自然と「地産地消」という言葉が浮かんだといいます。

 

「兵庫県は気候風土を生かした農業が盛んな県ですので、まずは地元産の米を吟味していきました。 そんな中、ご縁をつないでいただいたのが丹波篠山にある『丹波たぶち農場』さんです。 丹波篠山は周囲を山々に囲まれた盆地で、土壌は粘土質で栄養に富み、昼夜の寒暖差が農作物をおいしく育てるといわれています。 丹波たぶち農場さんでは『丹波篠山産特別栽培米コシヒカリ』というおいしい米を作られているほか、黒枝豆やいちごなど多彩な農作物を育てています。 社長さんもやる気にあふれ、若い人たちの就農にも積極的。 こうした若いエネルギーにも刺激をもらいました」

丹波篠山の豊かな風土を、瓶に詰める

この「丹波篠山産特別栽培米コシヒカリ」の栽培においては、田植えや稲刈りにマルカン酢社員も参加。 また初の試みとして、お酢づくりの過程で発生する「酢粕」を肥料の一部に使う取り組みも行われています。

 

「そもそもお酢は酒からできていて、純米酢であれば日本酒の仕込みと同様、米を蒸し、麹を作って、酵母を添加してアルコール発酵させます。 ここからもろみを圧搾して酢酸発酵を行うのですが、そのまま搾ってしまうと清酒(搾りかすは酒粕)になり、酒税がかかって価格が跳ね上がってしまうんです。 そこで、酒として飲めなくするための不可飲処置として、既にでき上がっている酢をもろみに混ぜ込みます。 こうして圧搾したものが仕込み液となり、搾りかすが酢粕です。 酢粕は年間700kgほど出るのですが、酸味があるため食用や飼料用に不向きなことから、これまで廃棄されていました。 丹波たぶち農場さんではもともと実を収穫したあとの枝を堆肥にするなど循環型の農業をされていたので、酢粕も再利用してみようということになったんです」

 

ここ数年の取り組みなので、まだはっきりとした効果はわかっていませんが、酢粕にも米由来のアミノ酸や糖分、ミネラルなどが含まれることを考えると、稲や土壌の栄養になってくれると思う、と髙岡さん。 そしてもうひとつ、「水」もお酢づくりの大きなファクターです。

 

「米と同じ土地の水を使いたいと考え、丹波篠山で長く酒づくりをされている酒蔵さんの井戸水を使わせていただくことになりました。 丹波篠山は3つの河川の源流地域でもあり、地下に流れる伏流水が非常に豊かなことでも知られています。 とてもやわらかい、おいしい水なんですよ」

丹波篠山の豊かな風土を、瓶に詰める

削らず、混ぜず、ゆっくりと
静置発酵の恩恵を、料理を輝かせる力に

「丹波篠山純米酢」のパッケージは、純米酢の魅力がストレートに伝わるシンプルなデザイン。 しかしそのシンプルさに反して、中身は手間をかけた複雑なつくり方をしています。

 

「たとえば酒をつくる際、米はどんどん削っていきます。 米の外皮にはアミノ酸などの栄養分が含まれていますが、酒づくりにおいては雑味となり、きれいな味の邪魔になるからです。 それに対してこの『丹波篠山純米酢』は、米のうまみを残すため、ほんの5%だけ削る方法を採用しました。 『五分搗き』という精白米より玄米に近い状態です。 また、通常は米の約8割はそのまま蒸して使い、残りの2割に麹菌を植えつけて米麹にするのですが、今回は全量を米麹にして仕込んでいます。 しかも三段仕込みのあと、もう一度米麹を加える『全麹の四段仕込み』。 これにより、私たちが目指す濃厚な味わいや甘みが生まれるんです」

丹波篠山の豊かな風土を、瓶に詰める 丹波篠山の豊かな風土を、瓶に詰める

さらに、商品開発のきっかけともなった伝統的な「静置発酵」。 できるだけ機械や電力に頼らず、酢酸菌の働きで酒もろみをゆっくりと酢に変える、環境にやさしい発酵方法でもあります。

 

「先ほどお話しした仕込み液を発酵槽に入れ、酢酸菌を植えつけます。 やがて酢酸菌が増殖し、液面全体が菌膜に覆われます。 酢酸菌が育つには酸素が必要なのですが、人工的に攪拌したり空気を送り込んだりせず、1か月ほどかけてゆっくりと対流させ、発酵させていくんです。 最初の2週間ほどが、いちばん状態が変わりやすい時期。 職人が発酵の進み具合や菌の状態を注意深く見守ります」

 

時間と手間をかけてつくられたお酢は、うまみが強く、まろやか。 しかし、開発を進める中で、髙岡さんの頭にはつねに「おいしいお酢って、なんだろう?」という問いがありました。 当初はお酢単体の味を究めることに注力していましたが、研究を重ねる中、ふとしたきっかけで視点が変わったといいます。 お酢単体の完成度を追うだけでなく、料理に使ったときに素材の味を際立たせ、ひと皿をおいしくすること。 その調和こそが、お酢の真価ではないかと気づいたのです。 濃厚、芳醇、複雑さ。 静置発酵だからこそ得られたこの個性を、料理を引き立てる力として生かす。 この方向転換は、プロジェクトの大きなターニングポイントとなりました。

 

削らず、混ぜず、ゆっくりと静置発酵の恩恵を、料理を輝かせる力に

「高級ではないけれど、
こだわったものを求める層」に届けたい

昨秋から大手スーパーマーケットでも取り扱いが始まった「丹波篠山純米酢」。 今年に入ってからは、関西圏を中心に広く展開しています。

 

「あるバイヤーさんからは『地元の素材にこだわったお酢って、地味だけれど新しさがありますよ!』とお言葉をいただきました。 フラッグシップ商品としての『丹波篠山純米酢』が浸透し始めていることを、肌で感じています。 原料にも製法にもこだわっていますが、決して高級品にしたいわけではないんです。 食の安心安全やおいしさにこだわる方々に、届けられたらと思っています」

 

消費者にどういう風に使ってほしいか尋ねたところ、「こういう言い方はずるいかもしれませんが、逆に どんな使い方ができるか教えていただきたいと思っているんです」と髙岡さんは照れたように笑います。

 

「かつて6年ほど弊社のアメリカ工場にいた際、現地ですし酢が飛ぶように売れたんです。 すし酢は酢に砂糖と塩を加えているのですが、これがヘルシーなノンオイルドレッシングとして人気を得たんですね。 こちらが仕掛けたというより、消費者が発見し、使い方が広がっていった。 この経験から、消費者の方が新しい使い方を見つけてくださったらいいなと思うようになりました。 米酢というと和食のイメージがありますが、とらわれずいろいろな料理に使っていただきたいです」

 

そういう髙岡さん自身は、サラダのドレッシングに使ったり、野菜を漬け込んでみたり、スープにちょこっと加えたり。 「おかげさまで、たっぷり使える環境にあるので(笑)」と、米酢の多彩な使い方にチャレンジしているそうです。

削らず、混ぜず、ゆっくりと静置発酵の恩恵を、料理を輝かせる力に

お酢屋ひとすじ、ノートに刻まれた情熱
この先も「育っていくお酢」を

大学で発酵工学を学び、1995年にマルカン酢に入社して31年。 お酢屋ひとすじ、研究や開発、醸造に取り組んできた髙岡さん。 長い歴史のある会社ですが、新しいものを生み出すことを後押ししてくれる風土が、マルカン酢にはあるといいます。 「開発の仕事の魅力は、今までになかったものをつくり出せること」。 そう語る髙岡さんがそっと見せてくれたノートには、日々の変化や気づきなど、お酢づくりに関するメモが端正な字でびっしりと書き込まれていました。

 

今回の商品開発にあたって、改めて気づいたことは?と問いかけると、
「『おいしいお酢って、なんだろう?』のひとつの答えを、『丹波篠山純米酢』で打ち出せたかなと思います。 料理に使ってこそおいしいことの意味を、改めて感じました。 一方で、これが完成形ではなく、まだまだ改良の余地があるとも思っています。 今後取り組んでいく『熟成』もそのひとつです。 まずは1年熟成に挑戦し、味の違いが出ておいしくなってくれたら、3年熟成、10年熟成といった展開も視野に入れていきたい。 そんな変化も楽しんでいただけたらいいですね。 これから先も育てていく、どんどん育っていくお酢だと思っています」

削らず、混ぜず、ゆっくりと静置発酵の恩恵を、料理を輝かせる力に
削らず、混ぜず、ゆっくりと静置発酵の恩恵を、料理を輝かせる力に

髙岡 靖(たかおか・やすし)

マルカン酢株式会社 研究開発部長

 

兵庫県高砂市出身。 1995年、広島大学大学院工学研究科工業化学専攻博士課程前期修了。 発酵工学を専門とする。 同年にマルカン酢株式会社に入社後、研究開発に携わる。 1998年より米国マルカン酢株式会社へ出向し、醸造部門と品質管理部門を担当。 2004年の帰国後、マルカン酢株式会社副主任研究員、関東工場長を経て2021年より現職。 趣味は料理、ドライブ。 「丹波篠山純米酢」の開発でご縁ができてからは、桜の美しい時期に丹波篠山を訪れることも楽しみのひとつだそう。